Wednesday, November 25, 2009

B5:母親の手料理が懐かしい

皆さんのコンフォート・フード(食べるとホットする料理)は何ですか。別の言葉で言えば、気分が悪い時や寂しい時、一番食べたい物は何ですか。

私は気分が悪くなったら、おかゆとうめぼしを食べるようにしています。もちろんおかゆはお腹にやさしいし、消化しやすいし、体を暖めるし、美質が色々あるんです。でも他の食事より食べたい主な理由は小さい頃から病気になると、母がおかゆを作ってくれたからです。そのおかゆというものは「母の愛」という感じがするものなので、私の最も好きなコンフォート・フードになりました。


おかゆ以外に他のコンフォート・フードはおにぎり、みそ汁、お茶漬け。。。やっぱり母が作ってくれた日本料理です。母の手料理ほどおいしい物はないのではないでしょうか。将来、私も子供のための料理をする時、自分の「母の愛」を入れて、料理の力を高めるようにできたらいいですね。

残念ながら、私は母から料理の仕方をまだまだ習っていません。(実は、料理をするのがあまり好きじゃありません。)でも、習い始めるのに遅過ぎることはないでしょうね!


(日本に住んでいる祖母が作ってくれた料理)

Friday, November 6, 2009

B4:これまでで最高の夏

UWで日本語の二年生のコースは普通、211から213のクラスを秋、冬、春学期に取ることになっていますが、3学期分のクラスを1学期に取る集中コースもあります。私は一年生のクラスを終えたばかりの時、習った日本語を覚えているうちに勉強続けていった方がいいと思いました。それで、2008年の夏学期、仕事を休んでUWで日本語234の集中コースを取ることにしました。

10週間にわたって、毎日授業が4時間で、その後4〜6時間ぐらい宿題や勉強をするようにしていました。毎日のように小テストか試験があったので、よほどそのくらい勉強しないと、いい成績が取れませんでした。毎晩一生懸命がんばって、漢字の読み書きや文法の正しい使い方を理解するまで寝ないようにしていました。

勉強はものすごく大変だったけど、そうかと言って勉強ばかりしていたわけではありません。クラスメートのイシャクさんとイオンさんとローさんといい友達になりました。毎日授業の後、Suzzallo Cafeで一緒に勉強していました。(実は、本当の「勉強」より時々"勉強"(ふざける時間)でした。)今でも友人であり続けています。



偉大な先生達にも教えていただきました。今井先生もパク先生も瓜田先生も皆面白くて、お腹が痛くなるほど笑わせました。先生達は教え方がとても得意だったし、描いた絵を使って効果的に説明することも上手でした。学生達のために学びを楽しくするようにしてくださいました。

日本語集中コースを取った経験はいつも私の記憶に残っているでしょう!



Friday, October 16, 2009

B2: 今どきの大学生

今日のクラスに日本人大学生に来ていただきました。5人のグループでながはたかつとしさん(長畑勝利さん?)と金田朋洋さんをインタビューしました。

まず、自己紹介をしました。 でも日本人の方の前でしようとしたら、どきどきして、とりとめもなく話し続けて、下手な自己紹介をしてしまいました。(クラスの後、一日中恥ずかしい感じがしました!)

インタビューで学んだ一番面白いことは「インタラクティブ・カード」のことです。日本では大学生達が授業で先生に質問をすることはあまりないそうです。その代わり、「インタラクティブ・カード」という物に質問を書いて、授業の後にそれを先生に渡します。次の日、授業の始めに先生がそのカードに書いてある質問を皆の前で答えます。それ以外、授業の後、先生に一人で質問をしたり、メールで聞いたりすることも部通だそうです。

「日本人大学生が他の学生の前で質問したがらないことはどうしてだと思われますか」と聞いたら、ながはたさんに「それは文化だと思います。」と言われました。 日本は目立ちたがらない社会というわけでしょうね。

Friday, October 9, 2009

B1: 初めまして!

北条ジェンと申します。前は、「北条」という名前が「north castle」という意味だと思ったけど、日本語一年生の先生に「いいえ、「条」という漢字は「avenue」か「article」という意味です」と直されました。だから、「北の方にある城(じょう)に住みたい北条と申します」とは自己紹介できませんね。それから、北条の「north article」という意味はつまらないので、自己紹介でうまく使えないと思います。

日本語三年生のクラスで最初の筆記試験のことでちょっと緊張しすぎて、自分の名前の綴りを間違って「北ジェン」と書いてしまいました。後で先生に直された名前をとなりに座っていた友達に見せました。彼はその「北ジェン」の間違いがとてもおかしいと思ったそうで、今でも「北ジェン」と呼んでいます。

今UWで日本語を勉強しているけど、私は学生じゃないんです。過去7年間UWのソーシャルワーク(福祉事業)学部に勤めてきました。UWで働くと、従業員手当が色々あって、一つは無料で授業が受けられること(tuition exemption programです。2007年の秋学期にUWで日本語を勉強し始めてから、一、二、三年生の日本語のクラスを取ってきました。

私は子供の頃からずっと日本に興味をもっていました。というのは、父が日系二世で、母が日本で育った日本人なので、私は小さい時から日本文化を経験してきました。しかし、私は日系人なのに、30歳の時までひらがなやカタカナを読んだり、書いたりすることさえできませんでした。2007年の春、北九州の中津という町に住んでいる祖母を母と訪ねました。三田という町からのおじとおばといとこもその時祖母の家に一緒に泊まりました。毎日遊んだり、おいしいごちそうを食べたりしながら、日本語で会話を行いましたが、あまりうまく話せませんでした。母方の親族との関係をたもちたかったため、シアトルに帰って来た後、日本語を勉強することにしました。がんばって毎日勉強しています。
 

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(ソーフィー)